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東工大ニュース

複数のねじれを持つ芳香族ベルト分子の合成に成功

メビウス型や巨大なアーチ型の3次元分子構造の解明

公開日:2023.05.25

要点

  • 最大540度のねじれを持つベルト型芳香族分子の触媒的不斉合成に成功。
  • 不斉ロジウム触媒によって、直線形と馬蹄形の2種類の芳香環パーツを組み立て、「分子ひずみを抑え」ながら「分子のベルトをねじる」合成法を開発。
  • 表裏のないメビウス構造や巨大なアーチ型構造を単結晶X線構造解析により解明。

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の野上純太郎大学院生、永島佑貴助教、田中健教授、理化学研究所 創発物性科学研究センターの橋爪大輔チームリーダー、東京大学 大学院薬学系研究科の宮本和範准教授、内山真伸教授の共同研究グループは、3次元π共役分子の中でも合成が困難とされる、メビウス型芳香族ベルトの不斉合成[用語1]や、巨大なアーチ型芳香族ベルトの合成を達成した。

ツイスト芳香族ベルトは、メビウスの輪[用語2]のような複雑なトポロジー[用語3]を持つ環状のπ共役分子である。ねじれた分子の帯に特有の芳香族性やキラリティ[用語4]を持つことから、次世代の機能性有機材料への応用が期待される。しかし、芳香環をねじろうとすると大きなひずみエネルギーが発生するため合成は極めて難しく、360度以上の高度なねじれの構築や、ねじれの方向制御に課題が残されていた。

そこで研究グループは、直線形の芳香環パーツと馬蹄形の芳香環パーツを組みあわせた基質デザインを新たに設計し、「ひずみエネルギーを抑え」ながら「分子のベルトをねじる」合成法を立案した。この合成法において、研究グループが開発した不斉ロジウム触媒反応[用語5]を用いることで、最大で540度のねじれを持つツイスト芳香環ベルトの不斉合成を達成した。さらに、合成した分子の単結晶X線構造解析[用語6]の結果、ねじれの大きさや方向によって、3回ねじれを持つメビウス構造や巨大なアーチ型構造などの多彩な3次元構造をとることを明らかにした。本成果のように複雑なトポロジーを持つ有機分子は、従来の分子にはない特異な光学特性や電子特性を示す可能性を秘めており、機能性有機材料の開発に貢献できると期待される。

研究成果は、英国科学雑誌「Nature Synthesis」5月22日(現地時間)にオンライン掲載された。

背景

カーボンナノベルトに代表されるベルト型芳香族炭化水素[用語7]は、芳香環の帯を環状に連結した構造の3次元π共役分子である。近年では、このような芳香環の帯に「ねじれ」を加えた「ツイスト芳香環ベルト」が注目を集め(図1)、メビウスの輪のような複雑なトポロジーに興味が持たれている。ねじれたπ電子系がもたらす特有の性質(メビウス芳香族性[用語8]キラル光学特性[用語9])への理解が進めば、レアメタルなどの貴重資源を用いずとも高機能を発揮する有機材料の創発につながる可能性を秘めている。そのため、合成法の確立や機能の解明が重要な課題であった。

しかし、ツイスト芳香族ベルトの合成では、通常は平面形状である芳香環パーツを「ねじり」ながら環状に「曲げ」なければならないため、非常に大きなひずみエネルギーを要する。このような課題から、ツイスト芳香環ベルトの合成は現代の有機合成技術をもってしても難しく、合成例は極めて少ない。特に、ねじれが大きくなるほどひずみも急激に増大するため、1回転(360度)を超えるようなねじれの合成法は確立していなかった。

また、ねじれの方向が右巻き(P -ツイスト)か左巻き(M -ツイスト)かによって、鏡像異性体[用語10]が存在することも、ツイスト芳香環ベルトの大きな構造的特徴である(図1)。このような環状のツイストキラリティは、中心性不斉や軸性不斉といった古典的なキラリティに比べるとほとんど合成法の開発や機能解明が進んでいない。そのため、ツイストの方向を制御する不斉合成の開発、およびキラル光学特性の解明が望まれていた。

図1. ツイスト芳香族ベルトの構造とキラリティ(ねじれの方向によって右巻きがP-キラリティ、左巻きがM-キラリティとなる)
図1.
ツイスト芳香族ベルトの構造とキラリティ(ねじれの方向によって右巻きがP -キラリティ、左巻きがM -キラリティとなる)

研究成果

1. 合成戦略

研究グループはこれまでに、不斉ロジウム触媒を用いた芳香環構築反応[用語11]を活用して、180度ねじれたメビウス型芳香族ベルトの合成を報告している(J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 14955.)。しかし、従来のツイスト芳香族ベルトの分子設計では、ねじれが大きくなるにつれてひずみエネルギーが指数関数的に増大するため、反応途中でねじれがバネのように巻き戻ってしまうことが課題であった。そのため、大きなねじれを構築するためには、ねじれの巻き戻りを抑制する新しい分子設計を考える必要があった。

そこで研究グループは、直線形の芳香環パーツと馬蹄形の芳香環パーツを組みあわせた基質デザインを新たに設計した(図2左)。具体的な合成プロセスとしては、これらの2種類の芳香環パーツを環状につなぎ合わせて環状アルキン(図2中)を合成し、続いて、不斉ロジウム触媒反応を用いてアルキンをベンゼン環へと変換することでねじれた分子の帯(図2右)を合成できないかと考えた。このとき、直線形の芳香環パーツはそれぞれ半回転(180度)ねじれないとベルト構築反応が進まないため、分子全体では最大で(直線形パーツの数)×180度のねじれが生まれる。一方、馬蹄形芳香環パーツは折れ曲がった構造を持つため、分子のひずみを和らげるとともにツイストが巻き戻ることを防ぐ。このように、「ねじれの構築」と「巻き戻りの抑制」をそれぞれ別々の芳香環パーツに担わせる設計により、複数回のねじれを持つツイスト芳香族ベルトを安定に合成することが可能となる。さらに、ねじれの方向は不斉ロジウム触媒によって精密にコントロールされるよう設計した。

図2. 不斉ロジウム触媒で直線形と馬蹄形の芳香環パーツを組み立てて、多重ツイスト芳香族ベルトをつくるための合成戦略
図2.
不斉ロジウム触媒で直線形と馬蹄形の芳香環パーツを組み立てて、多重ツイスト芳香族ベルトをつくるための合成戦略

2. ツイスト芳香族ベルトの合成と構造解析

はじめに、直線形と馬蹄形の芳香環パーツを2対2で連結させた環状ドデカインに対して不斉ロジウム触媒を作用させたところ、(M,M )体(360度ねじれを持つキラル分子)と(P,M )体(0度ねじれを持つ非キラル分子)の2種類の二重ツイスト芳香族ベルトが得られることが明らかとなった(図3)。さらに触媒の配位子を検討した結果、キラルな(M,M )体の鏡像体比率[用語12]は最大でer = 98:2に達し、ねじれ方向を触媒によって制御することに成功した。また、単結晶X線構造解析で得られた(M,M )体の構造から、対称性の高い2回ねじれの構造であることが確かめられた(図3中)。

図3 二重ツイスト芳香族ベルトの合成と結晶構造

図3. 二重ツイスト芳香族ベルトの合成と結晶構造

続いて、3対3の芳香環パーツを持つ環状オクタデカインでも検討を行った結果、(M,M,M )体(540度ねじれを持つキラル分子)と(P,M,M )体(180度ねじれを持つキラル分子)の2種類の三重ツイストメビウスベルトを不斉合成することに成功した(図4)。このうち、分子内3か所のツイスト方向が揃った(M,M,M )体は540度に相当する3回ねじれを持ち、これは既存のツイストベルト分子の中で最大のねじれである。さらに、(M,M,M )体の単結晶X線構造解析の結果、このベルト分子は表と裏の区別がないメビウス構造を持つことが明らかとなった(図4中)。

図4 三重ツイスト芳香族メビウスベルトの合成と結晶構造

図4. 三重ツイスト芳香族メビウスベルトの合成と結晶構造

最後に研究グループは、さらに大きな四重ツイストベルトの合成を目指した。その結果、対称性の高いベルト分子を得ることに成功し、単結晶X線構造解析の結果、右巻きのP -ツイストと左巻きのM -ツイストが交互に配列した(P,M,P,M )体(0度ねじれを持つ非キラル分子)であると決定された(図5)。驚くべきことに、(P,M,P,M )-四重ツイスト芳香族ベルトは巨大なアーチ構造をとっており、アーチの高さ、幅、奥行きはすべてが10Åを超える。環状共役ベルトとしては最大級の大きさであり、巨大な分子体積を有することが判明した。また、結晶中ではアーチ同士が噛みあって格子状に集積し、大きな隙間を持った分子配列を形成している。分子同士の隙間には、有機小分子が容易に入り込むことができる、ゼオライトのような1次元細孔が無数に存在していることが示唆された。実際に、結晶中の分子の隙間にはおびただしい数の溶媒分子が存在していることが単結晶X線構造解析によって明らかになっている。このような結晶内空間はガス吸着などの応用が考えられ、ベルト型分子の新たな活用法となるものと期待される。

図5 四重ツイスト芳香族ベルトの合成と結構構造

図5. 四重ツイスト芳香族ベルトの合成と結構構造

社会的インパクト

本研究成果の複雑なトポロジーを持つ芳香族化合物は、従来の有機分子にはない特異な光学特性や電子特性を示す可能性を秘めており、広範な機能性有機材料の創製に貢献できると期待される。また、本研究では不斉ロジウム触媒を用いることで分子のねじれ方向が制御できることを示した。これは未開拓なツイストキラリティの化学を切り開く成果であり、円偏光発光材料や3次元ディスプレイといったキラル光学材料への応用が期待される。

今後の展開

今回の研究では、これまで合成が困難とされてきた多重ツイスト芳香族ベルトの不斉合成を達成した。この知見は、未開拓なツイスト環状分子の構造や機能、キラリティに対する理解を今後さらに促進すると期待される。また、本研究で開発した合成戦略は、ねじれ分子に限らず、大きなひずみを持つ3次元π共役分子を合成するための一般性の高いアプローチである。今後は、本研究で開発した合成戦略を様々な分子デザインに適用し、さらなる高ひずみな未踏π共役分子の合成につなげていきたい。

付記

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(21K18949、19H00893、17H06173、22H00320、22H05125、20H02720、22H05346、21J22287)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)(JPMJCR19R2)の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 不斉合成 : 鏡像異性体 [用語10] のうち、いずれか片方のみを選択的に作り分ける化学合成法。

[用語2] メビウスの輪 : 180度の奇数倍のひねりを持つ環状帯の図形で、帯の表と裏の区別がなくなる。

[用語3] トポロジー : 図形を連続的に変形しても保たれる性質で分類する数学的考え方。位相幾何学。

[用語4] キラリティ : 左手と右手のように、鏡合わせでありながら重ならない性質。このうち片方のみを選択的に作り分ける合成を不斉合成という。

[用語5] 不斉ロジウム触媒反応 : 正に帯電したロジウム金属中心にBINAPのような軸不斉配位子が配位した錯体は、アルキン三分子からベンゼン環を不斉構築する反応に高い活性を示す。

[用語6] 単結晶X線構造解析 : 分子が規則正しく配列した結晶物質にX線を照射して起こる回折現象を利用して、分子構造を調べる解析手法。

[用語7] ベルト型芳香族炭化水素 : 複数の芳香環がベルト状に連結した炭化水素の総称。

[用語8] メビウス芳香族性 : 通常の芳香族分子はヒュッケル則に基づいて、π電子数が4n+2πのときに芳香族性を示す。一方で、表裏の区別がないメビウス型のπ共役では4nπのときに芳香族性を示し、逆の位相関係を持つ。

[用語9] キラル光学特性 : 円偏光発光特性などキラル化合物に特有の光学特性。これを利用した材料は、3次元ディスプレイや暗号化などの次世代情報通信技術への応用が期待される。

[用語10] 鏡像異性体 : キラリティ性質を持つ2つの対になる構造関係を鏡像異性体と呼ぶ。

[用語11] 芳香環構築反応 : 有機化合物におけるもっとも基本的な骨格の一つである芳香環をつくる化学反応。

[用語12] 鏡像体比率 : 鏡像異性体の比率。ここでは左巻きと右巻きの分子の割合を表す。

論文情報

掲載誌 :
Nature Synthesis
論文タイトル :
Catalytic stereoselective synthesis of doubly, triply and quadruply twisted aromatic belts
著者 :
Juntaro Nogami, Daisuke Hashizume*, Yuki Nagashima, Kazunori Miyamoto, Masanobu Uchiyama, and Ken Tanaka*
DOI :

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